the kisuke3-5のブログ

主に鳥や恐竜について書いていきたいと思っています。まだ勉強中の身です。よろしくお願いします。

ミクロラプトルと現生鳥類の翼の性能を比較

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ミクロラプトルの化石

ミクロラプトルは、白亜紀前期に中国に生息していた小型の肉食恐竜です。ミクロラプトルには前肢だけでなく後肢にも羽があり、翼になっていました。この4つの翼を利用して木から木へと滑空していたと考えられています。現生鳥類で後肢も翼になっている種はいません。木から木へ飛び移るくらいの飛翔能力と聞くと現生鳥類と比べてずいぶん劣っている印象を受けますが、ミクロラプトルの翼の性能はどのくらいだったのでしょうか?

 

翼面荷重と揚抗比

翼の性能を「翼面荷重」と「アスペクト比」と2つを用いて、現生鳥類と翼の性能を比較したい思います。

翼面荷重とは翼に加わる単位面積当たりの重量です。飛べない鳥ではこの数値が200N/㎡を超えます(Livezey C B 1990)。これを下回っていなければ、おそらく恐竜も飛ぶことはできないと思われます。また、体の大きさがほぼ同じで、翼面荷重がより大きいと、より速く飛ぶ必要があります(テネケス 1999)。

アスペクト比は翼の細長さを表しています。細長い翼であるほど、この数値は高くなります。また、アスペクト比が高いと、揚抗比も高くなります(テネケス 1999)。揚抗比とは揚力と抗力の比率です。風など「流れ」が当たった時、この流れの垂直方向に作用する力が「揚力」、同じ方向に作用する力が「抗力」です(図1)。抗力に対して、揚力が大きいと、揚抗比の数値が高くなり、エネルギーを節約して飛ぶことができるようになります(テネケス 1999)。

 

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図1.鳥が飛んでいるときに生じる力とその方向

速く飛べそうだがエネルギー消費が大きい翼

ミクロラプトルの体重は約1㎏あったと考えられています (Chatterjee & Templin 2007)。なので、体重が0.8~1.1㎏の鳥と、翼面荷重とアスペクト比を比較しました。また、一部は揚抗比も比較しました。

ミクロラプトルの翼面荷重は、飛べなくなる数値(200N/㎡)を大きく下回っており、ほぼ同じ大きさの鳥たちとでは、比較的大きい部類でした。一方、アスペクト比は比較的小さいようです(表1)。ノスリアスペクト比が近いようですが、揚抗比は倍近く違っています。ミクロラプトルの揚抗比は、Dyke et al. ( 2013)でモデルを作って実験した結果、安定した状態で飛んだ場合、揚抗比が最大4.6になりました。一方、ノスリの揚抗比は10あります。

これらの結果から、ミクロラプトルの翼は現生種と比べて、滑空だけならほぼ同等以上の速さで飛べるものの、エネルギーの消費が大きい翼だったと推測されます。

 

表1.ミクロラプトルと体重が0.8~1.1㎏の鳥の翼面荷重とアスペクト比、揚抗比一覧。ミクロラプトルの翼面荷重とアスペクト比は、Chatterjee & Templin (2007) 、揚抗比はDyke et al. ( 2013)を引用。現生種のデータはテネケス(1999)を引用して計算したもの。

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まとめ

ミクロラプトルと現生鳥類で翼の性能を比較すると、翼面荷重はほぼ同じではあるものの、アスペクト比や揚抗比は小さいので、全体的な翼の性能は現生鳥類ほど洗練していないということが分かりました。

元々、ミクロラプトルの翼は現生鳥類ほど洗練されていないと言われていたので、おそらくこのような結果になるだろうと予想してはいましたDyke et al. ( 2013)。しかし、比較する前は、ミクロラプトルの翼面荷重はもっと飛べない鳥たちに近い数値になるのかなと予想していたのですが、比較してみるとそんなことはなく、それどころか猛禽類やカモメなどに近い数値だったので、個人的にはこの結果は少し意外に感じました。エネルギーを節約して飛ぶことはできなかったものの、想像以上に発達した翼を持っていたんだなと思いました。

今後また、翼をもった恐竜と現生鳥類で翼の性能を比較してみたいと思います。

 

参考文献

Chatterjee S, Templin RJ (2007) Biplane wing planform and flight performance of the feathered dinosaur Microraptor gui. Proc Nat Acad Sci USA 104:1576–80.

 

Dyke G, Kat de R, Palmer C, Kindere der van J, Naish D & Ganapathisubramani B (2013) Aerodynamic performance of the feathered dinosaur Microraptor and the evolution of feathered flight. Nature Commun 4 2489 doi: 10.1038/ncomms3489; pmid: 24048346

 

Livezey C B (1990) Evolutionary morphology of flightlessness in the Auckland Islands Teal. Condor 92: 639–673

 

テネケス ヘンク/ 高橋健次訳 (1999) 鳥と飛行機どこがちがうか―飛行の科学入門 (日本語訳) 草思社 201pp

恐竜は換羽をしていた!? 換羽パターンから恐竜の行動を分析

恐竜にも羽毛があったことが、化石記録から明らかになってきています。中には風切羽を持ち飛ぶことができたと考えられている種もいます。更に、今月、学術雑誌の「Current Biology」に掲載された論文のKiat et al.(2020)では、換羽も行っていたのではないかと報告されています。換羽とは、その名の通り羽が生え換わることです。羽はずっと使い続けていると、摩耗や紫外線による曝露などで劣化します。飛翔能力や保温など羽や羽毛の機能を維持し続けるため鳥たちは一生の間に何度も羽を生え換える必要があります。そして、このような事を恐竜たちも行っていたようです。今回、この論文紹介を中心に換羽していたと言われている恐竜がどんな恐竜であったかを説明したいと思います。

 

換羽をしていたと考えられている恐竜 ミクロラプトル

この論文で取り上げられていた恐竜は「ミクロラプトル」という恐竜です。ミクロラプトルはその名の通り、恐竜としては小さい部類で、全長は約77㎝でした(Xu et al. 2003)。この恐竜には四肢に翼があり、これらを使って、木から木へと滑空することができていたと考えられています(Dyke et al. 2013)。

この恐竜の右腕の羽が生えている部分で、羽と羽の間に隙間があります(図1)。Kiat et al.(2020)では、この部分は換羽中だったのではないかと説明されています。図1の隙間になっているところの左の方を見ると短い羽の痕跡が見られます。この羽の先端部分は、ほかの長い羽と形が似ており、この事から、この短い羽は生え換わろうとしている新しい羽ではないかと説明されています。また、この隙間には数枚羽があり、内側に行くほど長くなっていました。もしこれが換羽だったとするなら、ミクロラプトルは徐々に羽を生え換える方法で換羽をしていたのかもしれません。

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図1.ミクロラプトルの化石標本。換羽の途中と考えられているところはで示している。

 

換羽パターンと飛翔能力の関係

また、Kiat et al.(2020)では、飛べない鳥51種(古顎類やペンギン目)、換羽期間中は飛べなくなる鳥61種(カモ目やツル目の一部など)、換羽期間中でも飛べる鳥190種(ハト目やスズメ目など)の換羽パターンを収集しています。換羽パターンは以下の3つに分けています。

①徐々に羽が生え換わるパターン

②1度に羽を抜いてしまうパターン

③換羽の順番や規則性を持たないパターン

その結果、③のパターンを持つのは、飛べない鳥だけで、②のパターンを持つのは、飛べない鳥と換羽期間中は飛べなくなる鳥に見られました。そして換羽期間中であっても飛べる鳥たちのほぼすべてが①でした。

このような結果になったことについて、Kiat et al.(2020)は次のように考察 しています。①のパターンになった鳥たちは常に捕食者から飛んで逃げる必要があります。また、採餌でもこのパターンの鳥の中には飛びながら獲物を捕まえている種もいます。なので、換羽期間中であっても飛翔能力は維持し続ける必要があります。一方、②③の鳥たちは潜水をするなど、飛ぶ以外にも逃げるすべを持っている種や、沼地や草原のように植生が密になっている環境や捕食者がいない島に生息している種などが多くいます。採餌方法も飛びながら行う種はほぼいません。そうしたことから、通年飛び続ける必要がある鳥たちは①のパターン、一時的に飛べなくなっても捕食から逃げる方法や採餌方法を持つ鳥たちは②のパターンになるのではないかと考えられます。

しかし、いくら飛ぶ以外にも逃げる方法や採餌方法を持っているとはいえ、飛翔能力を維持できるなら、そうしておいたほうがいいように思えます。②のパターンがあるのは、これらの種は翼が短く、少しでも羽がなくなると飛翔能力を失ってしまい、①のパターンでは飛翔能力を喪失する時間が長くなるため、一度に羽を換えてしまい飛べない期間を短縮させているのではないかという説や、この方法で換羽する鳥たちは換羽によるエネルギー量が非常に大きいので、飛べなくなることで、飛翔に使っていたエネルギーを換羽に回している のではないかといった説などがあります(Guillemette et al. 2007)。飛べなくなるのにはこのようなやむを得ない事情があるのかもしれません。

 

ミクロラプトルは換羽期間中であっても飛び続ける恐竜だった!?

そして、Kiat et al.(2020)ではミクロラプトルの行動についても言及しています。ミクロラプトルの換羽パターンは①に似ており、換羽期間中であっても飛び続けていた恐竜だったのではないかと説明されています。

ミクロラプトルがいたころは、様々な肉食恐竜が地上に君臨しており、中には全長10m近くある種もいました。このような捕食者から身を守る必要があります。また、別の研究ではミクロラプトルは鳥や魚を捕食していたことが分かっています(O’Connor et al. 2011、Xing et al. 2013)。現生の猛禽類のように飛びながら獲物を捕まえていたのかもしれません。これらのことを考えると、換羽期間中であっても樹上を滑空し続ける能力が必要だった可能性は十分あり得るように思えます。

但し、①のパターンは両翼で同じように換羽がされます。この化石標本は左翼の羽の部分が欠損しているため、左翼がどのようになっていたのか分かりません。もし左翼で換羽がされていなければ、③のパターンという事になります。

 

まとめ

ミクロラプトルは、その化石標本から換羽をしていたと考えられ、この事から恐竜の段階から換羽が行われていたことが示唆されるという事と、ミクロラプトルの換羽パターンは、現生の換羽期間中でも飛べる鳥と同じパターンであることから、ミクロラプトルも換羽期間中でも飛ぶことができ、また、飛んで捕食者から逃げたり、獲物を捕獲していた恐竜であった可能性が高い事を説明しました。恐竜や絶滅した鳥類の飛翔能力を研究するとき、多くの場合が羽の形や翼や胸骨の大きさなどが取り上げられていますが、「換羽」という視点で検証するのはとても面白いと思いました。ミクロラプトルの換羽パターンは、今回の研究で①と決まったわけではありません。しかし、内側へ行くほど羽が長くなるという傾向や、これまでの先行研究から、滑空ができたことが示唆されていることから(Dyke et al. 2013)、①か③なら、①だったのではないかと思っています。いずれにせよ、恐竜の換羽パターンに関する研究は始まったばかりです。今後どのようなことが明らかになってくるのかとても楽しみです。

 

 

参考文献

Dyke G, Kat de R, Palmer C, Kindere der van J, Naish D & Ganapathisubramani B (2013) Aerodynamic performance of the feathered dinosaur Microraptor and the evolution of feathered flight. Nature Commun 4 2489 doi: 10.1038/ncomms3489; pmid: 24048346

 

Guillemette M, Pelletier D, Grandbois M J & Butler J P (2007) Flightlessness and the energetic cost of wing molt in a large sea duck. Ecology, 88 11 2936–2945

 

Kiat Y, Balaban A, Sapir N, O’Connor K J, Wang M & Xu X (2020) Sequential Molt in a Feathered Dinosaur and Implications for Early Paravian Ecology and Locomotion. Current Biology doi :https://doi.org/10.1016/j.cub.2020.06.046

 

O’Connor J, Zhou Z & Xu X (2011) Additional specimen of Microraptor provides unique evidence of dinosaurs preying on birds. PNAS Vol.108 19662-19665

 

Xing L , Persons IV S W , Bell R P , Xu X , Zhang J , Miyashita T , Wang F & Currie J P (2013) Piscivory in the feathered dinosaur. Microraptor. Evolution. 67, 2441–2445

 

Xu X, Zhou Z, Wang X, Kuang X, Zhang F & Du X. (2003) Four-winged dinosaurs from China. Nature 421 6921 : 335–340

飛ぶ以外にも胸筋は使われている! 潜水する鳥たちの形態の違いと、中生代の鳥類の生活様式の検証

鳥は羽ばたいて空を飛ぶとき、胸筋を使って翼を羽ばたかせます。飛べる鳥の体重に対する胸筋の量は平均で約20%もあります(テネケス 1999)。これほどの胸筋を蓄えられるのはそれだけ発達した胸骨があるからです。鳥の胸骨は「竜骨突起」と言い、その名の通り、船の竜骨のような形をしています。竜骨突起をもつ鳥は白亜紀(約1億4,500万年前から6,600万年前)に出現しました。詳しくはこちらをご覧ください。

urvogel3-5.hatenablog.com

胸筋は飛ぶときだけでなく、潜水にも使う鳥もいます。今回、潜水をする鳥の形態的特徴と、これらの情報をもとに白亜紀にいた鳥の生活様式を分析した研究を紹介します。

 

羽ばたいて潜るのは羽ばたいて飛ぶより大変!?

ペンギン科の鳥は飛べない鳥ですが、体重に対する胸筋量の平均は約22%あり、飛べる鳥たちと同じかそれ以上に発達しています(綿貫 2010)。また、Zhao et al.(2017)では、19目45科137種の飛べる鳥たちの竜骨突起の長さと骨盤の長さを比較しています。その結果、鳥類は竜骨突起と骨盤の長さには正の相関があることが分かりました。そうした中でマダラウミスズメは、骨盤の大きさがほぼ同じ鳥たちと比べて竜骨突起が長いことが分かりました(図1)。ペンギンやマダラウミスズメは翼を使って潜水する鳥です。水中は大気中よりも抗力が大きく、羽ばたいて潜水するためにはより大きな力を発揮する必要があります。鳥の胸筋には大胸筋と烏口上筋(鶏肉のささみの部分)があり、飛翔時は翼を持ち上げるときは烏口上筋、打ち下ろすときは大胸筋を使います。しかし、羽ばたき潜水する鳥たちは潜水中打ち上げでも打ち下ろしでも烏口上筋を使います。そうした事から、これら羽ばたき潜水をする鳥たちは、竜骨突起と胸筋が非常に発達していると考えられています (綿貫 2010、Zhao et al. 2017) 。

 

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図1.骨盤の長さ(X軸)と竜骨突起の長さ(Y軸)の相関関係を示したグラフ。数値はそれぞれの長さ(mm)の3乗を体重(g)で割った数値を、Log10で変換したもの。データはZhao et. al(2017)より引用。

 

羽ばたき潜水をしない場合

すべての潜水する鳥がこのような特徴を持っているわけではありません。Zhao et al. (2017) では潜水する鳥はマダラウミスズメのほかにもアビとカワウも含まれています。アビは他の大多数の鳥とほぼ同じような傾向になり、カワウは比較的竜骨突起が短く、骨盤が長い結果となりました(図1)。アビとカワウは羽ばたきでなく、足こぎで潜水します。その場合は特別胸部が発達するわけではないようです。

 

中生代の鳥の潜水方法

Zhao et al. (2017) は、更に白亜紀に絶滅した鳥類10種の竜骨突起と骨盤の長さを比較しています。中でもPiscivorenantiornis inusitatus (以下、ピスキボレナンティオルニス) は、魚の骨が含まれたペリットの化石も発見されており、この事から、魚食性の鳥であったことが示唆されています (Wang et al. 2016) 。骨の長さを比較した結果、カワウに近い傾向を示しました 。この事はこのピスキボレナンティオルニスが足の力で推進する水鳥であったという説を証拠づける理由の1つとなりました。現生鳥類の竜骨突起の大きさと生活様式を調べると、中生代の鳥類の生活様式を検証できるかもしれません。

 

まとめ

今回、胸部は空を飛ぶだけでなく潜水にも使っている種もおり、そうした鳥はほかの鳥よりもこれらの形質が発達していること、一方で潜水方法が異なる鳥では同様の形質を持たないことを説明しました。水鳥が潜水するところを鳥類調査や野外観察で確認することは簡単にはできないと思うので、それが残念です…

 

 

参考文献

ギル B フランク (2009) 鳥類学(日本語) 新樹社 746pp

 

綿貫豊 (2010) 海鳥の行動と生態 -その海洋生活への適応- 生物研究社 317pp

 

Zhao T、Liu D & Li Z (2017) correlated evolution of sternal keel length and ileum length in birds. PeerJ 5 e3622 doi10.7717/peerj.3622

 

Wang M, Zhou Z, Sullivan C.(2016)A fish-eating enantiornithine bird from the early cretaceous of China provides evidence of modern avian digestive features. Current Biology 26:1170–1176 doi 10.1016/j.cub.2016.02.055.

 

Mayr (2017) Pectoral girdle morphology of Mesozoic birds and the evolution of the avian supracoracoideus muscle Journal of Ornithology volume 158: 859–867

 

フェドゥーシア A /黒沢玲子訳(2004) 鳥の起源と進化(日本語) 平凡社 631pp

 

テネケス ヘンク /高橋健次訳(1999) 鳥と飛行機どこがちがうか―飛行の科学入門 (日本語) 草思社201P

鳥類と哺乳類の呼吸器の違いと、鳥類の呼吸器の進化について

人は呼吸をするとき、空気を吸う時のみ酸素が肺に送られます。しかし鳥の場合は違います。今回、鳥たちはどのように呼吸しているのか、また、呼吸器がいつごろ進化したのかについてご説明したいと思います。

 

鳥の呼吸器はどうなっているのか?

鳥が吸った空気は肺に入ってそのあと吐き出されるまで一方通行になっており、吸った空気をすべて肺まで届けています(図1、Fastovsky & Weishampel 2015)。

更に鳥の体内には「気嚢(きのう)」という器官があります。これは吸った空気を入れておく袋で、体中にあります。グンカンドリ類の首にある赤い袋も気嚢です(ギル 2009)。骨の中にもあり、気嚢がある骨は「含気骨(がんきこつ)」と言う空洞がある形状をしています。鳥たちは空気を吸う時、肺だけでなく、気嚢にも酸素が入るようになっており、息を吐いたとき、気嚢にとどめておいた酸素が肺に行くようになっています。次に呼吸するとき前回の呼吸で吸った空気をすべて吐くようになっています(図1)。

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図1.鳥が呼吸しているときの、空気の流れを示した図。ギル(2009)を参考に作成。吸い込んだ空気は息を吐くまでに後気嚢と肺に入る(上)。次の呼吸で、肺から前気嚢へ移動し吐き出す(下)。最初の呼吸で吸った空気が流れている場所はで示している。

 

人間など哺乳類の場合は、吸った空気が必ずしもすべて肺に到達するわけではありません(Fastovsky & Weishampel 2015)。また、前の呼吸で吸い込んだ空気が肺に残ってしまうこともあります(ギル 2009)。この事から、常に新鮮な空気を供給するという点では哺乳類よりも鳥の方がずっと優れた呼吸器をもっていると言えます。尚、哺乳類と鳥類の呼吸の違いは他にもあります。哺乳類は横隔膜を使って肺を動かし呼吸をしますが、鳥には横隔膜がありません。息を吸う時は胸骨を下げて、肺と気嚢を広げ、吐くときは胸骨と肋骨を縮めて気嚢を収縮して吐き出しています(ギル 2009)。

 

鳥の呼吸器官は飛ぶときにも役立っている!?

鳥は飛んでいる時も呼吸をしています(テネケス 1999)。そして飛ぶのは非常に激しい運動です。そのため、より多くの酸素が必要と考えられます。そうした時、この呼吸器は大いに役立っているのではないかと推測されます。また、含気骨は空洞になっており、強度に対して相対的には軽くなっていることが示唆されています(ポルトマン 2003、Butler et al. 2012)。鳥が飛ぶためには、翼と胸筋だけでなく呼吸器も重要な役割を果たしているようです。

 

鳥の呼吸器はいつごろ獲得したのか?

鳥と同じ呼吸器官は、恐竜にもあったと考えられています。マジュンガトルスの化石から空洞がある骨も見つかっており、これは含気骨だったのではないかと考えられています(図2、O’Connor & Claessens)。また、翼竜にも含気骨はあったと考えられています(Butler et al. 2012)。ワニやトカゲには気嚢はありませんが、一方通行の呼吸器官があることが分かっています(図2、Farmer & Sanders 2009、Schachner et al. 2014、Cieri et al. 2014)。トカゲと、ワニや鳥では系統的に少し離れており、一方通行の呼吸器官はこれらの共通祖先の段階から持っていたのか、それとも双方で独自に進化したのか、まだはっきりとはわかっていません(Schachner et al. 2014)。以上のことから、鳥の呼吸器は少なくとも、一方通行の呼吸器官はワニとの共通祖先、気嚢はワニと分岐した後には獲得していたことが分かっています。

 

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図2.爬虫類と鳥類の分岐図の概略。一方通行の呼吸器官があるとわかっている分類群は、更に気嚢もある分類群は太字で示している。分岐図はFastovsky & Weishampel (2015) と平山(2007)を参考に作成。恐竜の中にはは気嚢がなかったと考えられている種もいる(Butler  et al.2012)。

 

まとめ

今回、鳥の呼吸器は人と違って、空気の通り道が一方通行になっていることと、気嚢という空気を入れておける袋が体中にあること、一方通行の呼吸器はワニとの共通祖先、気嚢はワニと分岐後にはあった事を説明しました。この記事では説明しきれなかったこともありますので、もし興味を持たれましたら、この記事を作成するのに参考にした文献をご覧になってみてください。

 

参考文献

Butler R J, Barrett P M & Gower D J (2012) Reassessment of the evidence for postcranial skeletal pneumaticity in Triassic archosaurs, and the early evolution of the avian respiratory system. PLoS One, 7, e34094.

 

Cieri L R, Craven A B, Schachner R E & Farmer G C (2014) New Insight Into the Evolution of the Vertebrate Respiratory System and the Discovery of Unidirectional Airflow in Iguana Lungs. Proc Natl Acad Sci U S A

. 2014 Dec 2;111(48):17218-23. doi: 10.1073/pnas.1405088111.

 

Farmer G C & Sanders K (2010) Unidirectional Airflow in the Lungs of Alligators. Science 327 5963 338-340

 

Fastovsky D E & Weishampel D B/真鍋真監修、藤原慎一、松本涼子訳 (2015) 恐竜学入門―かたち・生態・絶滅(日本語訳) 東京化学同人 396pp

 

ギル B フランク/山岸哲監修、山科鳥類研究所訳 (2009) 鳥類学(日本語訳) 新樹社 746pp

 

平山廉 (2007) カメのきた道 甲羅に秘められた2億年の生命進化 NHK出版 205pp

 

O’Connor M P & Claessens M A P L (2005) Nature 436 253–256.

 

ポルトマン アドルフ/ 長谷川博訳 (2003) 鳥の生命の不思議 (日本語訳) どうぶつ社 195pp

 

Schachner ER, Cieri RL, Butler JP, Farmer CG (2014) Unidirectional pulmonary airflow patterns in the savannah monitor lizard. Nature 506 367–370.

 

テネケス ヘンク /高橋健次(訳) (1999) 鳥と飛行機どこがちがうか―飛行の科学入門 (日本語訳) 草思社201P



 



 

 

鳥類の進化:竜骨突起を持った2つの分類群の共通点と相違点

鳥類は今から約1億5000万年前に、爬虫類(恐竜)から進化して、出現しました。鳥の最大の特徴と言えば空を飛べることではないかと思います(ペンギンなど例外もいますが)。飛べる鳥には大きな翼と左右非対称の初列風切羽、発達した胸筋があります。しかし初期の鳥である始祖鳥は大きな翼と初列風切羽はあったものの、胸筋が発達してなく、飛べたとしてもハトほどうまくは飛べなかったと考えられています(バードリサーチニュース2020年5月:3)。では、発達した胸筋を持った鳥はいつごろ出現したのでしょうか?

 

発達した胸筋を持った鳥は白亜紀に出現

鳥の胸部は筋肉だけでなく骨も非常に発達しています。胸骨には「竜骨突起」という部分があり、翼を羽ばたかせるために使われる筋肉が付着しています。竜骨突起を持った鳥は白亜紀(1億4000万年前~6600万年前)に出現しました。この鳥類群を「鳥胸類」と言います。この鳥胸類は真鳥形類とエナンティオルニス類の2つの分類群で構成されています(図1、Brusatte et al. 2015、Zhao et al. 2017 青塚 2018)。現生種はすべて真鳥形類に含まれています。尚、ダチョウなど竜骨突起がない種も一部います。しかしこれらは二次的に消失したのであって、これらの種も竜骨突起があった種から進化したと考えられています(Harshman et al. 2008)。今回、真鳥形類とエナンティオルニス類の形態的な共通点と相違点を紹介したいと思います。

 

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図1.鳥類の系統樹と進化の概略図。上の数値は年代(単位:億年)。Zhao et al. (2017) 、Brusatte et al.( 2015)、Fastovsky & Weishampel (2015) を参考に作成。

 

真鳥形類とエナンティオルニス類の共通点

真鳥形類とエナンティオルニス類には、竜骨突起がある事以外にも様々な共通の特徴があります。まず、この2つの分類群には、胸骨と肩甲骨、烏口骨の3つの骨から構成される「三骨間孔」がありました(図2)。これは翼を打ち上げるときに使う筋肉と上腕骨をつなぐ腱が通る孔です。そのため、翼を体より高い位置に持ち上げることができました(ギル 2009)。この三骨間孔と竜骨突起があったことから、それまでの鳥類と比べて高い飛翔能力を持っていました。また、手を構成する骨である、手根骨と中手骨の癒合も起きています(フェドゥーシア 2004)。更に、現生種は普段は翼を折りたたんでいますが、このようなことができるのは真鳥形類とエナンティオルニス類だけと考えられています(図1、ギル 2009、Fastovsky & Weishampel 2015)。

 

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図2.ハトの胸骨とその周辺の骨。Mayr (2017)のFig.1とFastovsky & Weishampel 2015の図 10・1を参考に描いた。 

 

真鳥形類とエナンティオルニス類の違い

エナンティオルニス類と真鳥形類には様々な共通点がある一方で、違いもいくつかありました。大きな違いとして言われているのは、烏口骨と肩甲骨の関節面です。真鳥類は烏口骨が凹んでいるのに対して、エナンティオルニス類は烏口骨が凸状になっていました(Walker 1981、Brusatte et al. 2015)。また、真鳥形類の腹肋骨がありませんが、エナンティオルニス類にはありました(Fastovsky & Weishampel 2015)。更に真鳥形類の方がエナンティオルニス類より、竜骨突起が大きい傾向にありました(Mayr 2017、Zhao et al. 2017)。この事から、真鳥形類の方が飛翔能力は高かったのかもしれません。

他にも現生種とエナンティオルニス類の違いに限ると、歯の有無があります。しかし、真鳥形類の中にも歯をもつ種はいました。歯の消失は現生種の分類群で起きた進化と考えられています(図1、Fastovsky & Weishampel 2015)。

 

最後に

今回、発達した胸筋を持った白亜紀の鳥、真鳥形類とエナンティオルニス類の形態的な共通点と相違点を紹介しました。エナンティオルニス類は白亜紀の終わりに絶滅しました。この時、隕石の衝突によって起きたと考えられている地球規模の大量絶滅が起き、恐竜やアンモナイトなども絶滅しています。しかしエナンティオルニス類は白亜紀で最も繁栄し多様化した鳥類だったと考えられています(Brusatte et al. 2015)。もし隕石が衝突していなければ、今生きている鳥たちは今ほど繁栄できていなかったかもしれません。

鳥の体には他にも、体の各部に癒合した骨や大腿骨を前に突き出した姿勢など様々な特徴があります。このような進化がいつ起きたのか、今後このブログで説明できたらと思っています。

今後とも宜しくお願い致します。

 

参考文献

青塚圭一 (2018) 中生代の鳥類における骨格及び生態の進化 日本鳥学会誌 67 1 : 41–55

 

Brusatte S L O’Connor J K & Jarvis E D (2015) The origin and diversification of birds. Curr. Biol. 25, 888–898.

 

Fastovsky D E & Weishampel D B/真鍋真監修、藤原慎一、松本涼子訳 (2015) 恐竜学入門―かたち・生態・絶滅(日本語訳) 東京化学同人 396pp

 

フェドゥーシア A/黒沢玲子訳 (2004) 鳥の起源と進化(日本語訳) 平凡社 631pp

 

ギル B フランク/山岸哲監修、山科鳥類研究所訳 (2009) 鳥類学(日本語訳) 新樹社 746pp

 

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始祖鳥は飛べたのか? 現生鳥類を参考にした始祖鳥の研究(最終閲覧日:2020年7月2日)

https://db3.bird-research.jp/news/202005-no3/